世の中の職業の多くは、仕事中の感情管理が求められています。感情のコントロールが上手くいかないと、集中力や仕事のパフォーマンスが低下したり、職場の空気が悪くなったりしがちです。ビジネスパーソンは、ストレスやプレッシャーに日々さらされており、そうしたビジネスパーソンのセルフマネジメント力を高めるツールとして注目されているのが「マインドフルネス」です。

マインドフルネスとは、「心の意図」「心の覚醒」「心の明晰さ」を意味する仏教用語に由来を持ち、過去の出来事や将来の不安に左右されることなく「ここと今」に意識を向ける状態を指します。Sansan、GoogleやApple、ヤフーといった企業が社内研修や人材開発プログラムに導入するなど、企業でもマインドフルネスを取り入れる動きが広がっています。

本記事では、マインドフルネスの基本的な定義から仕事での実践方法などを解説します。

1. はじめに

マインドフルネス(mindfulness)とは、五感を使って意図的に、評価や判断とは関係なく現在と今いる場所に意識を集中させることです。マインドフルネスと聞くと瞑想をイメージされる方が多いのですが、瞑想はあくまでマインドフルネスを実践するための方法の一つに過ぎません。

マインドフルネスはもともと、仏教の修行体系における重要なコンセプトの一つである、仏教用語の「sati(サティ。インドのパーリ語)」を英訳した言葉です。1979年にジョン・カバットジン(ジョン・カバット・ジンとも、Jon Kabat-Zinn。マサチューセッツ大学医学大学院教授で、マサチューセッツ大学マインドフルネスセンターの創設所長)により、患者をサポートするためのストレス低減プログラムとして「Mindfulness-Based Stress Reduction(MBSR)」が開発されて以降、プログラムを実践した心理学者や医療従事者からマインドフルネスは徐々に一般に広がっていきました。2000年代になり、GoogleやApple、Facebookといったシリコンバレーに本社を置くIT企業がマインドフルネスを導入したことで、マインドフルネスの概念や実践方法がビジネスパーソンや経営者を中心に浸透していったのです。

座ったり歩いたりしながら呼吸に集中したり、意識を内側に向けたりしていると、ネガティブなフィードバックを気にすることがなくなり、「新たなチャレンジだ」と考えをポジティブな方向に持っていくことができるようになります。また、仕事のモチベーションやパフォーマンスが向上し、よりよい人間関係に変わることも期待できます。

2.マインドフルネスとパフォーマンス

マインドフルネスに関する研究は、心理学や医療分野を中心に世界中のさまざまな分野で行われています。

2015年に発表されたカナダ・ブリティッシュコロンビア大学の研究によれば、マインドフルネスを実践することで、意思決定をスピード感を持って行えることが可能になり、生産性も向上したという結果が出ています。また、2010年にアメリカ・ハーバード大学のサラ・ラザール博士などが著した論文によると、マインドフルネス瞑想を8週間行ったところ、脳の海馬や扁桃体に良い影響を与えることが明らかになりました。脳の電気信号にも変化が見られ、学習や記憶を司る海馬が厚くなり、情動を司る扁桃体の動きが緩和され、不安が減少することが示されています。

「マインドフルネスはリラックスできる、ポジティブになれる」と実践者が感じられるのは、単に実践者の主観だけではなく、脳によい効果があった結果と言えるのです。

3.マインドフルネスの実践方法

マインドフルネスにはさまざまな実践方法があり、毎日続けることが大切です。通勤中や仕事の合間の数分、休憩中などに行うと効果があるとされます。マインドフルネスを実践する方法をいくつかご紹介します。

静座瞑想法

静座瞑想法は、マインドフルネスの実践のコアとなるものです。マインドフルネス呼吸法、マインドフルネス瞑想などとも呼ばれているようです。頭・首・背筋を真っ直ぐにして、椅子や床に垂直に座り、呼吸に全ての意識を集中させます。椅子に座るときは、足を地面につけても椅子の上で胡座をかいても構いません。最初は1日1回10分程度から、慣れてきたら少しずつ時間を延ばしていきます。30分以上呼吸に集中しながら座っていられるようになったら、聞こえてくる音のみ、体や思考や感情といった自らの内側に注意を向けていき、意識を完全に解放している状態を目指します。

ボディスキャン

ボディスキャンは、マインドフルネスの実践方法の中でも深いリラックス効果を得られるとされる瞑想の方法の一つです。仰向けになるか、椅子にもたれかかるかした後軽く目を閉じて、自然に呼吸をします。奥歯の噛み締めや体の力みから解放し、頭のてっぺんから後頭部、頭の横側、額、顔、首、肩、背中……と上から順番にスキャンするイメージで足の裏まで意識を向けていきます。ただし、眠ってしまわないように注意してください。

歩行瞑想

歩行瞑想とは、歩きながらマインドフルネスを実践する方法です。地面について離れるという足の裏の感覚に意識を向けて、体の力を抜いてゆっくりと歩いてみましょう。周りの景色を見ながらではなく視線を前方のみに固定し、5~10分ほど、普段の速さよりも遅めに歩きます。歩行瞑想といっても、他の方法とは異なり目を閉じて歩く必要はありません。呼吸や歩くという体の動き、思考、感情、音にもスポットを当てて取り組みましょう。

4.マインドフルネスを仕事に取り入れる具体的な方法

ここからは、仕事でマインドフルネスを取り入れるのに効果的な方法をいくつかご紹介します。

息づかいに意識を向ける

通勤中や移動中、仕事でストレスを感じたり気が散りはじめたら、1分間だけ息づかいに意識を集中させましょう。これは仕事中にマインドフルネスを実践する簡易的な方法の一つです。呼吸に集中しやすいように、息を吐くたびに声に出さずに数えましょう。可能であれば、目を閉じて背筋を伸ばして座るとよいでしょう。

マルチタスクからシングルタスクへ

複数の業務を同時に行うマルチタスクは、一見生産性が高く感じるでしょう。例えば会議や打ち合わせに参加している状況下でチャットやメールに返信すると、両方に意識を向けられず注意散漫になりがちでかえって非効率です。まずは業務を一つに絞り、集中して取り組みましょう。

定期的に休憩を取る

仕事で多忙になっているときほど、休憩を取ることを疎かにしがちですが、定期的に休憩を取る従業員は、そうでない従業員よりも生産性が高いことが、さまざまな研究からも明らかになっています。休憩といっても、会社で決められている時間以外に1時間ごとにタイマーを設定して5分だけ取るといったことです。机から離れるのが難しい場合は、椅子に座ったまま考えるのをやめる、呼吸に意識を集中させるなど、どのように過ごしても構いません。

感謝する

人間は成功よりも失敗の方に心や思考をとらわれる傾向にあります。この傾向が続くと、判断を下すときや業務を遂行するときに否定的な解釈バイアスがかかる可能性があります。自分の周りの人にお礼を言うこと、自分を助けてくれるものをリストアップするなど、感謝の実践を通して、仕事だけでなくプライベート面でも良い影響を与えます。

5.マインドフルネスの効果

マインドフルネスの研究が進むにつれて、マインドフルネスを実践するといくつかの効果があることが分かってきました。研究から明らかになった、マインドフルネスの効果の代表例をご紹介します。

集中力が増し、仕事のパフォーマンスが上がる

集中力が高まること、仕事のパフォーマンスが上がることはマインドフルネスを実践するメリットの一つです。正しくメディテーション(瞑想)を行うことはもちろん、ほんの1分ほど呼吸を意識する時間を設けてみることで、自分の心や思考が整理されていき、精神状態が安定し、高い集中力で業務に取り組むことができます。

また、マインドフルネスの状態でいると、余計な思考が無くなるため、脳が疲れにくくなります。その分他の必要な部分に脳を使うことができるため、新しいアイデアが浮かびやすくなります。

共感力が向上し、人間関係が良好になる

マインドフルネスの実践は、自分自身や他者の否定的な感情に対処する能力を向上させます。マインドフルネスが共感を促進することで、良好な組織および個人の成果が期待される高い共感力を持つメンバーが組織にいると、ポジティブなリーダーシップやアクションで組織を支えて、組織の空気を明るくしてくれる可能性があります。また、同僚や上司、顧客などと落ち着いて会話でき、困難な状況に直面した際も、相手の視点や考えに共感し、ネガティブなやり取りをしたとしても、感情的に引きずることが少なくなります。

ストレス軽減が図れる

仕事中やプライベートで多忙な日々が続き、ストレスを溜めたままにしておくと、心身のバランスを崩してしまいがちです。心身ともにマインドフルな状態になれば、副交感神経が優位になり、自律神経のバランスも整うことで、ストレス軽減を図れる効果が期待できます。

6.まとめ

マインドフルネスの実践は、ストレスフルな状態にさらされているビジネスパーソンにとってとても大切です。集中力が増して仕事のパフォーマンスが向上する他、共感力がアップして人間関係もよりよいものになり、心身にかかるストレスも軽減してくれます。移動中や休憩中、時間を確保するのが難しくても、ほんの少し、呼吸を意識するだけでもマインドフルネスの効果が期待できます。自宅やオフィスで、ぜひマインドフルネスを実践してみましょう。

7.参考文献

MINDFULNESS AT WORK
Theresa M. Glomb, Michelle K. Duffy, Joyce E. Bono and Tao Yangh
https://www.researchgate.net/publication/306395800_Mindfulness_at_Work

ストレス症状低減と生産性向上のためのセルフケア̶マインドフルネスとアクセプタンスに基づく教育̶土屋政雄、馬ノ段 梨乃、北條 理恵子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/josh/10/1/10_JOSH-2016-0012-GI/_pdf

熊野宏昭「マインドフルネス基礎編」
https://online.samgha-shinsha.jp/contents/eca293583f9a

Benefits of mindfulness at work : the role of mindfulness in emotion regulation, emotional exhaustion, and job satisfaction
https://cris.maastrichtuniversity.nl/files/74901415/Hulsheger_2013_Benefits_of_mindfulness_at_work.pdf

日本マインドフルネス学会
https://mindfulness.smoosy.atlas.jp/ja

「Mindfulness practice leads to increases in regional brain gray matter density」
Britta K. Hölzela, James Carmodyc, Mark Vangela, Christina Congletona, Sita M. Yerramsettia, Tim Garda, Sara W. Lazar
https://greatergood.berkeley.edu/images/uploads/Holzel-Mindfulness_and_Brain_Gray_Matter_Density.pdf

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